封筒の宛名を印刷する道具を、研修の当日に、役職者が自分で作りました。
ある市役所で、生成AIに日本語で指示を出し、HTMLの業務ツールを作る研修を行いました。テーマは「生成AIでつくる、HTMLツールとスライド」です。参加者には、若手職員だけでなく、係長以上の役職者が多く含まれていました。
研修後、自治体からは、想定より多くの職員が参加したことに加え、庁内では行いにくい研修として、よい機会になったという声をいただきました。
最初の30分は、半信半疑から始まる
「AIに頼めば道具ができる」と言われても、最初は実感がありません。画面の上をコードが流れていくのを、眺める時間が続きます。
そこで、プロンプトの一覧は配りません。最初に渡すのは「自分の業務のなかから、地味に面倒な作業をひとつ選んでください」という宿題です。作りたいものが決まっている人は、AIへの指示も具体的になります。決まっていない人は、何を頼めばいいか分からず手が止まります。まず自分の作業を見直し、面倒なところを探す。研修はそこから始まります。
日本語で指示を書き、出てきたHTMLのファイルをブラウザで開く。ボタンを押すと表が並び、数字を入れると計算される。自分の道具が画面に現れたところで、会場の反応が変わります。パソコンの操作に慣れていない人ほど、その変化は大きく見えました。
いちばん反響が大きかったのは、宛名印刷の道具
研修の最後に、作ったものを見せ合う時間を取りました。並んだのは、業務の片隅にある、地味で面倒な作業のための道具です。
なかでも反響が大きかったのが、役職者の一人が作った、封筒の宛名を印刷する道具でした。
通知、案内、依頼文。自治体では年に何度も、まとめて郵送する機会があります。差し込み印刷の機能はありますが、設定に手間がかかり、レイアウトもずれやすい作業です。題材は地味でも、明日からの仕事に直結している。反響が大きかった理由は、そこにあったと考えています。
作れるのは、大きなシステムではありません。日々の「地味に面倒」を減らす、小さな道具です。
決める立場の人が、実物に触れる意味
生成AIの操作に慣れているのは、若い職員のほうかもしれません。それでも、この研修でいちばん熱心に手を動かしていたのは、係長以上の役職者でした。
係長以上の役職者は、自分の係の業務のどこに手間がかかっているかを、よく知っています。そして、新しいやり方を採り入れるかどうかの判断に関わる立場にいます。
企画書と資料だけで新しい道具を判断するのは、誰にとっても難しいことです。目の前で動く実物があれば、「うちの業務で使えるか」を具体的に考えられます。
研修の成果は、作った道具の数だけではありません。「これは使える」と判断する立場の人が、自分で作った経験を持ち帰ること。その経験が、次の判断を変えていきます。
作れることと、業務で使えることは違う
研修の冒頭で、必ず伝えることがあります。個人情報を扱わない、ということです。
生成AIのサービスによっては、入力した内容がモデルの改善に使われる場合があります。利用規約や契約プラン、管理者の設定を確かめないまま、個人情報や非公開の情報を入力してはいけません。名簿をそのまま貼り付ければ、氏名や住所が手元を離れます。作ったファイルを共有フォルダに置けば、誰でも開けるようになります。便利な道具ほど、業務で使う段階で情報の扱いが問われます。
そこで研修では、次の3つを約束にしています。
- 1練習には、本物ではなくダミーのデータを使う名簿も数字も、自分で作った架空のものにします。
- 2作る道具は、外部と通信しない1つのHTMLファイルにする外部のライブラリも読み込みません。ブラウザで開くだけで動きます。
- 3作ったファイルの置き場所を、その場で決める誰が開けるのかを、使い始める前に決めておきます。
ここを飛ばすと、研修で作った道具が、あとで事故の原因になります。ただし、外部と通信しないだけで安全になるわけではありません。生成されたコードの中身を確かめること、使う端末と保存場所、個人情報の扱いを決めておくことも欠かせません。
情報担当課の確認を通してから広げる
道具ができると、次に必ず「これを業務で使っていいのか」という問いが出てきます。
自治体には情報セキュリティのルールがあり、新しい道具を業務で使うには情報担当課の確認が必要です。この確認は、安心して使い続けるための手順です。確認を経ずに現場で使い始めると、あとで止めざるを得なくなり、作った職員の努力も報われません。
今回の研修のあとは、自治体の情報担当課が個人情報の扱い、ファイルの置き場所、外部通信の有無を確認し、そのうえで庁内展開へ進むことになりました。研修で作った道具が、確認の手順を通って広がっていく。この順番を、いちばん大切にしています。
国も同じ方向に動いています。総務省は2025年12月16日、「自治体におけるAI活用・導入ガイドブック<導入手順編>(第4版)」を公表しました。生成AIの利用方法や活用事例に加えて、自治体が作る生成AIシステム利用ガイドラインのひな形も、別添で示されています。
研修の流れ
知識を教える研修ではありません。ひとつの道具を完成させて、自分の席に持ち帰る研修です。
- 01面倒な作業を選ぶ
- 02AIに作らせる
- 03ブラウザで動かす
- 04他の人に触ってもらう
- 05直す
- 06持ち帰る
文章の生成であれば、それらしい答えが出れば、ひとまず形になります。道具は違います。表が並ばなければ失敗、数字が合わなければ失敗です。動くかどうかがはっきりしているので、直すところまで進みます。
研修の価値は、満足度だけでは測れません。翌週、自分の席でその道具を開いたか。同僚に使ってもらったか。研修のあとに何が起きたかで測ります。
小さな道具から始める
自治体のDXは、大きなシステムの導入から語られがちです。基幹系システムの更新、ネットワーク、予算と調達。どれも時間と費用がかかります。
小さな道具から始めると、順番が変わります。現場が自分の面倒を見つけ、自分で道具を作り、使えるかどうかを確かめる。そのうえで、ルールとガイドラインを整えていきます。
29.9%
生成AIを導入済みの市区町村
(指定都市を除く)
51%
実証中・導入予定を含めた割合
規模の小さい自治体ほど、これからの段階にあります。同じ調査では、生成AIの活用事例の上位に「ローコードの作成(マクロ、VBA等)」も挙がっています。生成AIを、文章づくりだけでなく道具づくりに使う動きは、すでに始まっています。
研修は入口です。どの業務を選ぶか、誰が確認するか、どう広げるか。AA WAVEは、研修の設計に加えて、生成AIの利用ガイドラインづくりや庁内展開の進め方も、自治体ごとの状況に合わせて支援しています。
研修の日の会場の様子や、代表の渥美がそこで考えたことは、noteに書いています。
AIで自分の仕事の道具をつくる研修を、とある市でやってきた——いちばん夢中になったのは、役職者だった(note)
※ 研修の内容と参加者の属性は、特定の自治体・個人が分からないよう一般化して記載しています。